寮文化の定量化
学生寮における生活環境の違いと学生の文化形成における心理的思考の定量評価
2026-02-05
本研究では,慶應義塾大学SFCに隣接する学生寮H villageの4棟を対象に,居住形態(男子寮・女子寮・共学寮)および空間設計(同フロア共学・フロア分離型)が住民の協調的態度に与える影響を定量的に検証した.

1. 概要
本研究では、慶應義塾大学SFCに隣接する学生寮H villageの4棟を対象に、居住形態(男子寮・女子寮・共学寮)および空間設計(同フロア共学・フロア分離型)が住民の協調的態度に与える影響を定量的に検証した。2025年5月〜11月の縦断調査で153名の国内学生データを分析した結果、以下の知見が得られた。
- 「寮文化」は統計的に存在する:級内相関係数(ICC)= 0.075であり、回答分散の約7.5%が建物差で説明された。これは教育研究で報告される「教室効果」と同程度である。
- イベント参加意欲は建物で大きく異なる:Q5(寮イベントへの参加意欲)のICC = 0.279と突出して高く、約28%が建物差で説明された。
- 同性モデリング選好は観察されず:共学寮の新入居者は、同性先輩(95.1%)と異性先輩(95.7%)から等しく文化的影響を受けていた(p = 0.160)。
- 共学寮は社会参加意欲が低い:単一性別寮と比較して、イベント参加意欲・建物愛着が有意に低かった(p < 0.05)。
これらの知見は、学生寮の空間設計が住民の社会的態度形成に影響を与えることを示唆しており、今後の寮設計や学生支援への実践的示唆を提供する。
2. はじめに
大学の学生寮は単なる居住施設ではない。Pascarella & Terenzini(2005)やAstin(1993)が指摘するように、寮は学生の社会性発達や協調的態度形成の重要な場である。特に1年生にとっては、新しい人間関係を構築し、大学文化に適応する最初の環境となる。
私が住むH villageには、4つの建物がある。
| 建物 | 居住形態 | 空間設計 |
|---|---|---|
| Basil | 男子寮 | 全フロア男性 |
| Turmeric | 女子寮 | 全フロア女性 |
| Rosemary | 共学寮 | 同フロアに男女が居住 |
| Paprika | 共学寮 | 1-2階が男性、3-4階が女性 |
住んでいると、建物ごとに「雰囲気」や「文化」が異なるように感じる。Basilはイベント参加率が高い、Rosemaryは落ち着いている、といった印象だ。しかし、これは単なる主観なのか、それとも統計的に実証できる現象なのか。
本研究では、(1) 建物が住民の協調的態度に与える影響を定量化し、(2) 共学寮における異性間の文化的影響パターンを検証し、(3) 空間設計が社会参加意欲に与える影響を明らかにすることを目的とした。
3. 関連研究
3.1 大学寮と学生発達
大学寮が学生の発達に正の影響を与えることは、多くの先行研究で報告されている。Pascarella & Terenzini(2005)は寮生活が認知的・社会的発達を促進することを示し、Astin(1993)は学生の「関与(involvement)」が学習成果に影響することを論じた。近年では「ラーニングコミュニティ」や「リビング・ラーニングプログラム」といった概念のもと、居住空間を学習の場として活用する試みが報告されている(Inkelas et al., 2007)。
3.2 社会学習理論と同性モデリング
Bandura(1977)の社会学習理論によれば、人は観察学習を通じて行動や態度を獲得し、自己との類似性が高いモデルを模倣しやすい。Bussey & Bandura(1999)は、ジェンダー発達において同性モデルからの学習が優先される傾向を報告した。しかし、この「同性モデリング選好」が成人の寮環境でも観察されるかは明らかでない。
3.3 空間設計と社会的相互作用
Hillier & Hanson(1984)は、建築空間の構成が人々のインタラクションパターンに影響することを示した。Willoughby & Carroll(2009)は共学寮の住民がリスクテイキング行動に従事しやすい傾向を報告しているが、空間設計が社会参加に与える影響についての実証研究は限られている。
4. データと方法
4.1 調査設計
2025年5月・6月・7月・10月・11月の計5回、縦断調査を実施した。8-9月は夏休みのため除外した。文化的背景を統制するため留学生を除外し、最終サンプルは国内学生153名となった。
| 建物 | n | 割合 |
|---|---|---|
| Basil(男子寮) | 53 | 34.6% |
| Turmeric(女子寮) | 29 | 19.0% |
| Rosemary(同フロア共学) | 29 | 19.0% |
| Paprika(フロア分離型) | 42 | 27.5% |
学部1年生を「新入居者」、2年生以上を「既存居住者」と分類した。
4.2 測定項目
協調的態度・共同生活に関する8項目を5件法で測定した。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| Q1 | 寮内でコミュニケーションしやすい |
| Q2 | 異性との会話に抵抗を感じる |
| Q3 | ユニット内で良好な友人関係がある |
| Q4 | 自分の部屋を清潔に保っている |
| Q5 | 寮イベントに積極的に参加したい |
| Q6 | プレゼンや人前での発表に関心がある |
| Q7 | 他者に個人的なことを打ち明けられる |
| Q8 | 自分の建物に愛着を感じる |
4.3 分析手法
建物の文化的影響を定量化するため、線形混合効果モデル(Bates et al., 2015)から級内相関係数(ICC)を算出した。ICCは「回答のばらつきのうち、何%が建物の違いで説明できるか」を示す指標である。
各住民の8項目の回答パターンを「文化プロファイル」とみなし、既存居住者の平均プロファイルとのコサイン類似度を計算した。また、Aitchison距離に基づくPERMANOVA(Anderson, 2001)により、建物間の多変量差異を検定した。
5. 結果
5.1 建物による分散説明
8項目の平均スコアに対する線形混合効果モデルの適用により、全体ICCは0.075(95% CI: [0.000, 0.258])と推定された。これは回答分散の約7.5%が建物差で説明されることを示し、Hedges & Hedberg(2007)が報告する教育研究での「教室効果」(ICC = 0.05〜0.20)と同程度である。
PERMANOVAでは建物による有意な多変量差異が検出された(R² = 0.078, F = 4.14, p = 0.001)。一方、性別による差異は有意でなかった(R² = 0.010, p = 0.276)。
Figure 1: 主座標分析(PCoA)による文化プロファイル空間。各点は住民、楕円は95%信頼区間。建物間で有意差あり(R²=0.078, p=0.001)、性別では有意差なし。
回答パターンの違いは「性別」ではなく「建物」という社会的単位に関連していることが示された。
5.2 項目別の建物効果
項目別ICCでは、Q5(イベント参加意欲)がICC = 0.279(p < 0.001)と突出して高かった。回答の約28%が建物差で説明されるということは、建物ごとに明確な「イベント文化」や「参加規範」が存在することを示唆している。
Figure 2: 質問項目ごとの級内相関係数(ICC)。Q5(イベント参加意欲)が28%と突出。ピンクの破線は全体平均7.5%を示す。
| 項目 | 内容 | ICC | p値 |
|---|---|---|---|
| Q5 | イベント参加意欲 | 28% | <0.001 |
| Q8 | 建物愛着 | 8% | 0.122 |
| Q3 | ユニット内友人関係 | 6% | 0.009 |
| Q6 | プレゼンへの関心 | 4% | 0.066 |
| Q2 | 異性との会話への抵抗感 | 3% | 0.433 |
| Q1 | コミュニケーションのしやすさ | 2% | 0.500 |
| Q4 | 部屋の清潔さ | 1% | 0.500 |
| Q7 | 自己開示 | 0% | 0.500 |
Q7(自己開示)はICC = 0%、Q4(部屋の清潔さ)はICC = 1%と、ほぼゼロだった。これらは個人の性格・習慣を反映する項目であり、集団的・社会的な性質を持つ項目ほど建物効果が大きく、個人的な特性を反映する項目では建物効果が検出されないというパターンが確認された。
5.3 文化的収束
全体の平均類似度は93.5%(SD = 3.2%)と高く、新入居者と既存居住者の間に有意差はなかった。5月から11月にかけての時系列変化でも、類似度の顕著な上昇は確認されなかった。
この結果は、(1) 入居後すぐに文化適応が完了した、あるいは (2) 類似した価値観を持つ学生が同じ建物を選んでいる(自己選択効果)、という2つの解釈が可能である。本研究のデザインでは両者を区別できない。
5.4 共学寮における異性間文化影響
共学寮(Rosemary + Paprika)の新入居者41名を分析した結果、同性先輩への類似度は95.1%(SD = 3.0%)、異性先輩への類似度は95.7%(SD = 2.6%)であり、対応のあるt検定で有意差は認められなかった(t = −1.43, df = 40, p = 0.160)。
建物別に見ても、Rosemary(同フロア共学、p = 0.170)、Paprika(フロア分離型、p = 0.716)のいずれでも有意差は検出されなかった。Bandura(1977)の社会学習理論が予測する「同性モデリング選好」は、本研究の寮環境では支持されなかった。
5.5 単一性別寮と共学寮の比較
一元配置分散分析の結果、Q5(イベント参加意欲)において建物タイプ間で有意差が確認された。共学寮(M = 3.85)は男子寮(M = 4.32, p = 0.022)および女子寮(M = 4.62, p = 0.001)より低いスコアを示した。Q8(建物愛着)でも共学寮(M = 3.59)は男子寮(M = 4.28, p = 0.001)より有意に低かった。
| 項目 | 男子寮 | 女子寮 | 共学寮 | p値 |
|---|---|---|---|---|
| Q5(イベント参加意欲) | 4.32 | 4.62 | 3.85 | <0.05 |
| Q8(建物愛着) | 4.28 | — | 3.59 | <0.01 |
さらに、同じ共学寮でも空間設計による差が見られた。フロア分離型のPaprikaは、同フロア共学のRosemaryより複数項目で有意に高スコアだった。
| 項目 | Paprika − Rosemary | p値 |
|---|---|---|
| Q3(ユニット内友人関係) | +0.55 | 0.018 |
| Q5(イベント参加意欲) | +1.02 | <0.001 |
| Q6(プレゼンへの関心) | +0.77 | 0.015 |
6. 考察
6.1 建物文化の存在
全体ICC = 0.075という結果は、「寮の建物」という社会的単位が住民の態度形成に一定の影響を持つことを示している。特にQ5(イベント参加意欲)のICC = 0.279は、建物ごとに明確な参加文化が形成されていることを示唆する。「Basilはイベントが盛り上がる」「Rosemaryは落ち着いている」といった印象は、単なる主観ではなく、統計的に検出可能な現象だったのである。
一方で、Q4(部屋の清潔さ)やQ7(自己開示)のような個人特性を反映する項目では建物効果がほぼゼロだった。「寮文化」は集団的・社会的な側面に限定的に作用し、個人の性格や習慣には影響しないと考えられる。
6.2 同性モデリング選好の不在
社会学習理論の予測に反して、新入居者は同性・異性先輩から等しく影響を受けていた。Bussey & Bandura(1999)が指摘するように、ジェンダーに基づくモデル選好は文脈依存的であり、本研究で測定した協調的態度はジェンダー役割との関連が弱い可能性がある。また、幼少期から共学環境で教育を受けてきた世代特性も、同性モデリング選好が観察されなかった要因として考えられる。
6.3 共学環境と社会参加の抑制
共学寮で社会参加意欲が低いという結果は、Cottrell(1972)が報告する「評価懸念」——潜在的な評価者の存在がパフォーマンスや参加行動に影響を与える現象——が一因と考えられる。異性の存在が評価懸念を喚起し、社会参加を抑制している可能性がある。
特に、フロア分離型が同フロア共学型より高スコアを示したことは、日常生活空間での異性接触頻度が社会参加に影響することを示唆している。この知見は、共学寮の空間設計に実践的示唆を与える。社会参加を促進したい場合、プライベート空間での異性接触を減らす設計(フロア分離など)が有効かもしれない。
7. 結論
本研究では、大学学生寮の居住形態および空間設計が住民の協調的態度に与える影響を定量的に検証した。
回答分散の約7.5%が建物差で説明され、「寮文化」の存在が統計的に確認された。特にイベント参加意欲では約28%が建物差で説明された。共学寮の新入居者は同性・異性先輩から等しく文化的影響を受けており、社会学習理論が予測する同性モデリング選好は観察されなかった。共学寮は単一性別寮より社会参加意欲・建物愛着が低く、空間設計(フロア分離 vs 同フロア共学)も住民の態度に影響を与えた。
本研究の限界として、単一大学の寮を対象としており一般化可能性が制約されること、建物選択が無作為でないため自己選択効果と社会化効果を区別できないことが挙げられる。
来年度からは研究グループを組織し、継続研究として本テーマを発展させていく予定である。 入居直後からのデータ収集、他大学との比較、質的手法を交えたメカニズム解明を計画している。
論文情報
本研究の詳細はSocArXivにてプレプリントとして公開した。
Sato, T., Negoro, N., LoPresti, M. N., & Iio, M. (2026). Residential Configuration and Dormitory Culture Formation: A Quantitative Analysis of How Gender Composition and Spatial Design Influence Residents' Cooperative Attitudes in University Housing. SocArXiv Preprints.
DOI: https://doi.org/10.31235/osf.io/t3nbf_v1
解析コード: GitHub
参考文献
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Astin, A. W. (1993). What matters in college? Four critical years revisited. Jossey-Bass.
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Bates, D., Mächler, M., Bolker, B., & Walker, S. (2015). Fitting linear mixed-effects models using lme4. Journal of Statistical Software, 67(1), 1–48.
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Cottrell, N. B. (1972). Social facilitation. In C. G. McClintock (Ed.), Experimental social psychology (pp. 185–236). Holt, Rinehart & Winston.
Hedges, L. V., & Hedberg, E. C. (2007). Intraclass correlation values for planning group-randomized trials in education. Educational Evaluation and Policy Analysis, 29(1), 60–87.
Hillier, B., & Hanson, J. (1984). The social logic of space. Cambridge University Press.
Inkelas, K. K., Daver, Z. E., Vogt, K. E., & Leonard, J. B. (2007). Living–learning programs and first-generation college students' academic and social transition to college. Research in Higher Education, 48(4), 403–434.
Pascarella, E. T., & Terenzini, P. T. (2005). How college affects students: A third decade of research (Vol. 2). Jossey-Bass.
Willoughby, B. J., & Carroll, J. S. (2009). The impact of living in co-ed resident halls on risk-taking among college students. Journal of American College Health, 58(3), 241–246.
photo: H-Village Dormitory • Keio University SFC • 2025