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都会の暮らしと燕子花

佐藤翼の日記 2026年4月末

2026-04-27

都会の暮らしと燕子花

関東に来てから1年が経った.先日,仕事の合間に最寄りのご飯屋に行く途中,街路にアヤメが植えられていたのを見た.

街路に咲くアヤメ

このアヤメという植物は菖蒲(ショウブ)・燕子花(カキツバタ)と歴史的によく混同されており,特にアヤメとショウブに関しては両者ともに漢字では菖蒲と書くことからもその混同具合がよくわかる.そのため,時にアヤメは綾目や文目と書かれ区別される.種の見てくれこそ似ているが,育つ環境や咲く時期などが全く異なる.こういった植物分類学はやはり地道ですがその泥臭さが面白い.



圖説 普通植物檢索表 | 牧野富太郎 1950年5月31日発行(初版)
圖説 普通植物檢索表 | 牧野富太郎 1950年5月31日発行(初版) この年の主な出来事:金閣寺放火事件・シンデレラ・志村けん誕生

これは高校2年の時,まさに私が人生で一番植物採集に熱中していた時(熱し易く冷め易い)にたまたま東京に来る用事があった時に東京大学本郷キャンパス前の井上書店で見つけて古事記や万葉集の原文と一緒に交渉の末に全部で3000円くらいで購入したもの.高校3年の時にも受験の前日に井上書店を訪れ,あの時の店主に大学に受かったら原色牧野も買いに来ると約束はしたが,未だ行けていない.次に本郷に行く用事があった際には顔を出そうと思う.



東京での暮らしを「都会の喧騒に飲まれる」なんて表現したりもするがこれはもう時代に合わない表現になってきたのだなとこの1年で強く実感した.確かに人間をかき分けて進む場面こそ多いが飲まれるというほどでもない.最も私が飲まれているのは結局のところメール・Slack・Zoom・LINEなどである.あれらはオンラインをいいことに時間を選ばずどんどんとタスクが降ってくる.それらに対処しないと仕事をしない人というラベリングすらされてしまう.会社から帰れば仕事に追われないのではなく会社から帰ってから他の仕事の溜まった業務を捌くという生活の繰り返しになる.

かくいう私自身も時間を選ばず仕事を振ってしまっているのが現状であるが,それが許されているのが東京なのかもしれないと思うようにもなった.一部のコミュニティで,そういった仕事の通知で飲まれることを防ぐためにお互いに気を使うという意味で業務時間外でのメールはなるべく避けるよう指導を受けたことがある.しかしながら,現代の高校の情報の教科書に記載されているメールのメリットとして1に受け取り手は好きな時間にそのメッセージに反応すればいいので送る時間をあまり気にかけなくても良くなったといった表記がされている.高校で習ったことは社会で通用しないというが情報Ⅰすらこれだ.

東京は地方と比べ人も会社の数も桁違いに多い.その分さまざまな情報が一気に集まり一気に流れている.私たちが現代において飲まれている喧騒はもはやデジタル化された情報であり,気を使って皆が翌朝9:00にメッセージを一斉送信しようという気遣いはいずれ情報の時限爆弾を産んでしまいかねない.そういう意味では不規則な情報の流れの方が受け取り手側は決壊することなく生きられるのだろうと思うが,これはこれでとめどなく流れてくる情報を捌き続けなければならない.その忍耐力がないと耐え抜くことは難しいのかもしれない.高校教育におけるメールの使い方から国が日本社会が求めている人材の輪郭を描くとするならば忍耐力のある人物というのが大前提なのかもしれない.



流れるような情報の川を東京とすると,コロナ後の現代の人間は菖蒲であり,コロナ前は花菖蒲であり,それ以前は人間は綾目であれたのだろう.濁った神田川を横目にそんなことを思った.

photo: Tsubasa Sato • 2026